オルソポジトロニウムの寿命測定

1990 年代前半まで、オルソポジトロニウムの寿命には、計算値と測定値の間に大きな食い違いがありました。下の絵は、横軸をオルソポジトロニウムの崩壊率に取り、縦軸を測定順にプロットしたものです。青色の線が、O(α)、赤色の線が O(α2) の理論計算ですが、1995 年の測定から、理論値と計算値が一致するようになった事が分かります。これは、それ以前の測定では、ポジトロニウムの熱化過程を正しく取り扱っていなかったためでした。

オルソポジトロニウム寿命の測定値と理論値の歴史。

1995 年に、われわれが熱化の問題を指摘して理論値と無矛盾な測定を行って以降、われわれのグループの測定は精度を上げ、世界最高の 150ppm の測定精度を実現し、束縛系 QED の α2 の補正項を確認しました。

ゲルマニウム検出器を利用した測定装置。

上の写真は、オルソポジトロニウムのライフタイム測定装置です。中心の黒い部分は真空引きされたフラスコで、内部に、68Ge-68Ga β+ 線源と、タグ用のシンチレータ、シリカエアロゲルが入っています。シリカエアロゲル中でオルソポジトロニウムが生成され、そのタイミングがタグ用シンチレータでタグされます。

生成されたオルソポジトロニウムは崩壊してガンマ線を放出します。放出されたガンマ線を周囲に配置したガンマ線検出器 (YAP シンチレータ) で検出して、崩壊の時間をモニタします。この生成から崩壊までのタイミングスペクトルが下のスペクトルです。

得られたオルソポジトロニウムの寿命スペクトル。

β+ がすぐに対消滅してしまったプロンプトピークの後に、オルソポジトロニウムの指数関数的に減っていく寿命曲線が見えています。ただし、この傾きには、熱化によって時間依存性のあるピックオフ崩壊の影響が含まれているため、その補正を行ってやらなければなりません。ピックオフ崩壊の時間依存性は、周囲に置いたゲルマニウム半導体検出器から得ます。ゲルマニウム検出器の良いエネルギー分解能のおかげで、オルソポジトロニウム崩壊からくるガンマ線と、ピックオフ崩壊による 511keV の単色ガンマ線を分離し、ピックオフの割合の時間依存性を出したのが、下のスペクトルです。

ピックオフ崩壊の時間依存性。

最初のうちは、ポジトロニウムが高速で飛んでいるため、ピックオフの頻度も高いのですが、熱化されて減速すると、ピックオフの占める割合が減っていく事が分かります。この効果を先程の寿命スペクトルに対して補正することで、オルソポジトロニウムの崩壊率 λ に対して、λ=7.0401±0.0006(stat.)+0.0007/-0.0009(syst.) という結果を得る事が出来ました。また、熱化の補正の入った 4 つの結果を合わせる事で、O(α2) の束縛系 QED が正しい事が確認されました。

発表資料