基本的な対称性である、CP 対称性の破れは、宇宙の物質と反物質のバランスを決める上で、大きな鍵になると考えられています。クォークセクターにおける CP の破れは良く知られていて、2008 年の小林先生と益川先生のノーベル賞の受賞理由でもあります。ところが、このクォークセクターの CP の破れだけでは、宇宙の物質と反物質のバランスを説明する事ができません。そこでわれわれは、ポジトロニウムを用いて、レプトンセクターでの CP 対称性の破れを探索しました。
われわれの測定では、CP 対称性を測定するために、オルソポジトロニウムのスピン(S) と崩壊ガンマ線の方向 (大きい順に k1、k2、k3) との間の角度相関を利用します。
スピンの方向と、2 本のガンマ線の方向を組み合わせて、(S・k1)(S・k1×k2) という項を作ると、この項は CP 対称性を破る項となります。したがって、この組み合わせの分布を調べて、0 でなければ CP が破れている事になります。
この測定のために、われわれは専用に装置を設計、製作しました。上の写真がその装置です。中心に Ps 生成部があり、22Na からの β+ 線をシリカエアロゲル中で止める事によりポジトロニウムを作っています。この際、プラスチックシンチレータでタイミングをタグしています。生成されたポジトロニウムには約 5 キロガウスの磁場を印加しており、欲しいスピン成分のもの以外は短寿命で崩壊してしまいます。崩壊ガンマ線は、周囲に配置した 4 個のガンマ線検出器 (LYSO シンチレータ) で検出します。また、磁石を除いた全体が回転テーブル上に乗っており、磁場に対する方向を変える事により、系統誤差の少ない測定が可能になっています。
この検出器を用いて、約半年間測定を行いました。
タイミングウインドウをかけて、欲しいスピンのオルソポジトロニウムイベントだけを抜き出したのが上の二次元スペクトルです。ペアとなる 150°の角度の検出器のエネルギーがそれぞれ、縦軸、横軸に表されています。赤い弧の部分がオルソポジトロニウム崩壊からのイベントです。このうち、先程の項を作るイベントは、黒い線で囲った 2 つの 5 角形に入っています。
両方の 5 角形の中のイベント数と、磁石の方向との間の相関関係を見る事によって、先程の CP を破る項の分布を得る事が出来ます。その分布を見ると、磁石がどちらを向いていても、つまり、S の方向がどちらを向いていても、イベント数の偏りは無い事がわかりました。これは、CP 対称性が破れていない事を意味します。
シミュレーションの結果との比較により、CP 対称性の破れのパラメータ CCP に対して、CCP=0.0013±0.0021(stat.)±0.0006(sys.) の制限を得る事が出来ました。この結果は、これまでにポジトロニウムで得られていた制限を約 7 倍上回る制限です。系統誤差を減らす専用の検出器をデザインして測定する事で、厳しい制限を得る事が出来ました。
また、CP の破れの探索と同様の手法を用いて、CPT の破れの探索を行えないかのスタディーも行っています。
発表資料
- ポジトロニウムを用いた CP 対称性の破れの検証, (山崎高幸、難波俊雄、浅井祥仁、小林富雄、陽電子科学 1(2013)47)
- Search for CP-violation in Positronium Decay, (山崎高幸、難波俊雄、浅井祥仁、小林富雄、Phys. Rev. Lett. 104, 083401 (2010), Erratum, (a factor 1/2 is missing in Eq. 2)、arXiv:0912.0843)
- ポジトロニウムを用いた CP 対称性の破れの探索, (難波俊雄、陽電子科学とその理工学への影響、2009 年 11 月 20 日、京都大学原子炉実験所)
- ポジトロニウムを用いた CP 対称性の破れの探索, (山崎高幸、日本物理学会秋季大会、2009 年 9 月 13 日、甲南大学)
- ポジトロニウムを用いた CP 対称性の破れの探索, (山崎高幸、Fundamental Physics Using Atoms、2009 年 8 月 5 日、東京工業大学)
- ポジトロニウムを用いた CP 対称性の破れの探索, (山崎高幸、日本物理学会第 64 回年次大会、2009 年 3 月 30 日、立教大学)
- オルソポジトロニウムを用いた CP 対称性の破れの探索, (山崎高幸、2008 年度修士学位論文)
- 荷電レプトンを用いた CP 破れの探索, (山崎高幸、日本物理学会秋季大会、2008 年 9 月 21 日、山形大学)
- o-Ps を用いた CP 破れの探索 ープロトタイプ装置での実験結果ー, (難波俊雄、日本物理学会第 63 回年次大会、2008 年 3 月 25 日、近畿大学)
- o-Ps を用いた CP 破れの探索 ー実機製作ー, (山崎高幸、日本物理学会第 63 回年次大会、2008 年 3 月 25 日、近畿大学)
- Tests of CP and CPT symmetry with positronium, (難波俊雄、pbar08、2008 年 2 月 20 日、沖縄ハーバービューホテル)
- オルソポジトロニウムを用いた CP 非保存の探索実験, (西原一幸、2007 年度修士学位論文)
- o-Ps を用いた CP の破れの探索 (1) ー実験概要および磁場システムの設計ー, (西原一幸、日本物理学会第 62 回年次大会、2007 年 9 月 24 日、北海道大学)
- o-Ps を用いた CP の破れの探索 (2) ーデータの取得系の製作ー, (東裕也、日本物理学会第 62 回年次大会、2007 年 9 月 24 日、北海道大学)
- o-Ps を用いた CP の破れの探索 I ー概要と検出器設計ー, (難波俊雄、日本物理学会春季大会、2007 年 3 月 25 日、首都大学)
- LYSO シンチレーターの特性評価, (冨島佑允、日本物理学会春季大会、2007 年 3 月 25 日、首都大学)
- Search for CP violation in the lepton sector (Poster), (西原一幸、JPS APS 合同ミーティング、2006 年 11 月、シェラトンワイキキホテル)
- ポジトロニウムを用いた CPT 対称性の検証, (山口博史、日本物理学会秋季大会、2009 年 9 月 13 日、甲南大学)