ポジトロニウムとは?

ポジトロニウムとは、素粒子の一種である電子と、その反物質である陽電子が電磁相互作用で結びついた複合粒子です。ちょうど水素原子の原子核(陽子)が陽電子に置き換わった形をしています。

水素原子と違って、物質と反物質の複合系ですので、短寿命で崩壊して全エネルギー=511keV×2=1022keVの複数のガンマ線になります。

ポジトロニウムは水素原子の場合と全く同様に、主量子数、軌道角運動量、磁気量子数などによって記述される多彩なエネルギー準位を持ちます。また、基底状態の束縛エネルギーは6.8eVで、これは水素原子(13.6eV)のちょうど半分の値です。これは、陽子と陽電子の質量の違いから、換算質量が半分になっていることに起因します。以下、基底状態のポジトロニウムを中心にして、議論してきます。

オルソポジトロニウム(ortho-positoronium、o-Ps)とパラポジトロニウム(para-positronium、p-Ps)

ポジトロニウムの1S状態は、それぞれのスピン状態に応じて、スピン平行な3重項とスピン反平行な1重項が存在します。スピン平行な3重項はオルソポジトロニウム(o-Ps)と呼ばれ、反平行な1重項はパラポジトロニウム(p-Ps)と呼ばれます。水素原子の超微細構造と同様に、両者はスピン-スピン相互作用によってエネルギー準位に差があり、ポジトロニウムの超微細構造(HFS)と呼ばれます。ただし、水素原子に比べてHFSの値は2桁ほど大きく、0.84meV(203.4GHz)もあります。

o-Psとp-Psの性質の顕著な違いは、崩壊の時に現れます。

スピン状態に起因したC変換(粒子と反粒子を入れ替える変換)に対する変換性を保存するため、o-Psは奇数本のガンマ線(主に3本)、p-Psは偶数本のガンマ線(主に2本)にしか崩壊できません。従って、o-Ps崩壊から来るガンマ線は連続スペクトルになりますが、p-P崩壊からのガンマ線は、ほぼすべてが単色のback-to-back 511keVガンマ線となります。また、放出するガンマ線の数が多いことに対応して、o-Psの方が寿命が約1000倍長くなります。電磁相互作用を介した崩壊にもかかわらず、o-Psは142nsと長い寿命を持ちます。

o-Ps 13S1 (スピン3重項、全スピン1)p-Ps 11S0 (スピン1重項、全スピン0)
寿命: 142ns寿命: 125ps
C変換: 奇C変換: 偶
崩壊モード: 奇数本のガンマ線(3γ、5γ、…)崩壊モード: 偶数本のガンマ線(2γ、4γ、…)

ポジトロニウムの磁場中での性質

ポジトロニウムに磁場を印加すると、o-Psのうち、磁気量子数が0の成分とp-Psはもはやエネルギー固有状態では無くなり、混合を起こします。これに応じて、それぞれのエネルギー準位はゼーマンシフトを起こして変化し、また、両者の寿命も変化します。上は、横軸を磁場にとった時、各エネルギー準位がどのように変化するかを示した図です。縦軸は、エネルギーを光子の周波数(GHz)に直した値です。磁場が無い時は、o-Psとp-PsはHFS分(203GHz)だけ離れたエネルギー準位をとっているのですが、磁場を印加することによって、p-Psとo-Psのmz=0の成分が混合して、エネルギー準位が変化していきます。例えば|+>の準位はp-Psの混合量が増えるにつれて、エネルギー準位がどんどん高くなっていきます。これに伴い、|+>の準位から2本のガンマ線に崩壊する割合も増え、寿命もどんどん短くなっていきます(下図)。

また、|+>の準位は量子的混合状態にあるため、o-Psとp-Psの状態は量子的に混合しており、崩壊時のガンマ線もこれに応じて方向分布が時間的に振動します。

ポジトロニウムの作り方

ポジトロニウムを作るためには、陽電子を用意する必要があります。KEKの低速陽電子施設などでは、電子ビームを標的に当て、対生成によってできた陽電子を利用します。もっと手軽な方法としては、壊変時に陽電子(β+)を放出する放射性同位元素を利用することです。代表的には、22Na68Gaなどです(68Ga自身は、半減期が68分しか無いため、実験的には親核の68Geが良く用いられます)。

陽電子を物質中に打ち込むと、物質によって減速され、運の良い陽電子は対消滅を起こさないでエネルギーを失い、ポジトロニウムの束縛エネルギー程度(〜eV)まで減速されます。そして、物質から電子を剥ぎ取ってポジトロニウムを生成します。

ただし、通常は物質中でポジトロニウムが生成されても、ポジトロニウム中の陽電子が別の電子と反応(ピックオフと呼ばれます)してしまい、すぐに壊れてしまいます。これを防ぐには、ポジトロニウムに対して負の化学ポテンシャルを持っている物質を使用します。良く使われるのは、疎水処理したシリカエアロゲルや、酸化マグネシウムなどの粉末で、いずれも、ポジトロニウムを外部に排出しようとするポテンシャルを持っています。このため、ポジトロニウムが内部で生成されても、すぐに外部の真空へ押し出されて、物質との相互作用を最低限に抑えることができます。これにより、ポジトロニウム本来の性質を真空中で調べることができます。

なお、β+崩壊はパリティが最大に破れた弱い相互作用であるため、放射性崩壊から放出された陽電子は放出方向にv/cの割合で偏極しています。これを利用して、偏極したポジトロニウムを作ることもできます。